◆2016.4.10

★筍

 竹に旬と書いてタケノコと読ませるのが、ちょっと粋でいいですね。竹が旬(しゅん)のときという意味ではなさそうですが、季節のものをそのときに食するというのは、幸せなことです。義姉さんが勤めている施設内にタケノコが生えているようで、栄養士で調理師でもある義姉が園生が掘ってきた大量のタケノコを一気に茹でます。そのお裾分けです。写真の他に同じ分量があり、煮物と炊き込みご飯や炒め物でいただきます。山椒の葉は近所の林で散歩がてら少し失敬してきました。(EOS 5D3)
★サクラひとひら

 もう今日が最後の花見の日曜日だろう。厚木基地近くのゆとりの森へ終わる間際の桜をカメラに収めてきた。咲き始めから満開へと徐々に盛り上がりを見せ、そして、ハラハラと散る大団円を迎える終盤の大舞台。時折り、風が吹き音もなく小径や広場の隅を花びらが埋め尽くしていく。ある子どもが言ったという。「こんなたくさんの花びらはどこへ行っちゃうの?」妻から聞いた話である。舞い散った桜が溶けていく雪のように目の前で消えるわけではない。確かなかたちのあるものが手に取っても消えることはないが、いつの間にか何ごともなかったかのように土や草やアスファルトにあった花びらは消え、新緑の季節になってしまう。その科学的な説明はともかく、儚さと潔さに日本人は惚れこんでしまう。巡りゆく季節の移ろいを今年も楽しませてくれてありがとう。最後のひとひらに礼を言いたい。(EOS 5D3)

桜の幹に落ちたふたひらの桜
神様がはさみを入れた三等切符と表現した詩人がいるという

生垣の間に落ちたのもいる

花びらを落し、蕊だけとなった桜が多くなった

花びらが落ちた草むらにタンポポがまぶしい
 
駐車場は桜色の絨毯だ
 
側溝の蓋の内側に張り付いているのもある
 
この絨毯を見るのも終わりだ
 
誰かがタンポポとハナニラで首飾りでも作ったのか
 
ひとひらがここにもあった
 
そして帰り際の車のフロントガラスに舞い降り、
そして、去って行った
みなそれぞれの旅をするのだろう

花切符 片道だけの 春の旅

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