◆2017.9.21

★墓参り帰り
 
 今日は私の実家近くにある墓地へ彼岸の墓参りに行った。両親が納まっており、近いこともあって、何かにつけて墓参りする。古くからの一族の墓で菩提寺から少し離れたところに寺の墓地とは別にある。墓を守っている兄が不在のため、落ち葉や雑草で汚れていた。簡単に汚れをぬぐって、墓参りを済ませた。我々のころは埋葬をどうするのか、妻と話すことがある。実家のしがらみさえなければ、散骨だろうと、樹木葬だろうと、何でもいい。残された者に負担がかからない方法が一番だろう。
 さて、そんなことなど思案しつつ、帰りは隣り街のそば屋で昼飯を喰うことにした。海老名市の国分寺跡近くにうまい店があると知り、行ってみたのだった。妻も私も天せいろにした。正解であった。そばはまあまあであったが、天ぷらがひどくうまかった。海老と野菜が薄い衣で包まれ、サクサクのアツアツで、岩塩で喰ってもよかった。江戸前の喰い物は好きだが、天ぷらだけはいただけない、ごま油は現代人には、少なくとも私には合わない。軽い油で揚げたのがいい。東京のそばと違ってそばの盛りがいいので、天ぷらといっしょに喰えばたらふくになる。食後は車をそば屋の駐車場に置いたまま、近くの国分寺跡の公園に行ってみた。実に50年余ぶりである。父に連れられ、小学生のころ発掘間もないころにこの史跡に来たのだった。そのころは畑に礎石の石がごろごろ転がっているだけの印象だったが、今日来てみると、七重塔の礎石に基壇が整備されただけで、基本的に大した変わり映えはしなかった。当たり前かもしれないが、その当たり前が少しうれしかった。(PowerShot G7X2)

 世の中、物騒なことになりつつある。国連総会で激しい言葉が飛び交っている。安倍さんが帰国すれば、衆議院を解散し総選挙だという。政治というのは、常に国民のためではなく、政治家のための政治だとつくづく思う。北朝鮮であろうと、アメリカであろうと、そこに生きているのは何の罪もない無力な国民だ。リーダーたちはその国民を盾に力くらべのゲームをしているだけだ。自国民にいい顔を見せたいがために、他国を平気で貶める言葉を互いに大量生産する。それが言葉だけでなく、いつ、互いの国民に向けてのミサイルや核爆弾になるか、とりかえしのつかないチキンゲームは、まともな大人の他の国が止めさせてほしいものだ。

天せいろ、私は大盛
天ぷらうまし、腹ふくるる

ちょっと古めかした造りの建物もいい

すぐ近くに相模国分寺跡がある

天平時代にはここに65メートルの七重塔が建っていた

この時代の遺跡というのは、こうした石しかない
想像を膨らませることが重要だ

墓参り 蕎麦をすすりて 秋彼岸

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