2020年07月25日

梅雨明け延期

 まともに夏らしい太陽の光を浴びたことが、ほぼ皆無の日々が続いている。梅雨明けは8月になりそうだ。「with コロナ」の日々も続いているが、何がコロナと共にだ、と腹が立ってくる。without コロナだろう、と突っ込みたくなる。誰かエライ人が「日本には梅雨がある。梅雨がコロナをやっつける」とかタンカを切っていた。2月ごろ何の根拠もなく、新型コロナウイルスは夏までには治まる、風邪と同じだ、などと言っていた責任ある立場の人間には、ここでご退場願いたい。
 雨粒が落ちないときに、歩いて買い物に出かけるが、蒸し暑くて、帰ってくると汗が噴き出す。買い物の帰り道、近所のプロテスタントの教会の柵に面白い掲示物があったので、スマホで撮っておいた。「コロナ学園」と「じんるい高校」の野球のスコアボードには、1回30対0で「コロナ学園」が圧倒していて、「じんるい学園」がボロ負けの予感だという、わかりやすい比喩が描かれていた。確かにそうかもしれない、とは思う。それが「キリストの警告」とどう関係するかは興味はない。
 宗教と疫病とは、古くから因縁の深いものがあるだろう。しかし、現代科学の時代にあって、宗教で疫病を追い払うこともできなければ、人々を救うこともできない。すがりつきたい人が拠り所にすればいいが、今は教会の集会も休止中で、ホームページで「説教」を受けるようだ。
 今回のコロナは宗教や葬儀といったことに、金をかけることが不必要だと証明してしまった。いろいろな分野でポストコロナ社会では、パラダイムシフトが起こるであろう。もはや、昨日の常識が、今日の非常識になりつつある。新型コロナウイルスが日本で騒ぎになり半年以上が経過するが、いっときの沈静期を過ぎ、さらに深刻になりつつある。
 「じんるい学園」特に、「日本チーム」は「コロナ学園」になすすべもなく、5回コールド負けとなる様相だ。「日本チーム」がポストコロナ社会でどう立ち直り、生き延びているか、破滅に向かっているか、じっくり見守りたい。(RAIJIN)

マタイによる福音書24章は、「世の終わりの前兆」「苦難の時」を暗示しているようだ
なんでうさぎなんだろう?うさぎとかめか?

教会内の芙蓉の花が大きく咲いていた

蒸し暑き 日々をコロナと 生き延びて