2019

ホワイト国
2019/08/02(金)
 日本政府は本日の閣議決定により、韓国をこれまでホワイト国として貿易上の管理をしてきた措置を除外することとした。パブリックコメントでも4万件のうち95%が賛成しているという。安全保障貿易管理において、大量破壊兵器など軍事転用される可能性のある貨物の輸出や技術の提供などを行う際、経済産業大臣への届け出およびその許可を受けることを義務付けた制度(キャッチオール規制)を適用しない優遇措置をしている国のことをホワイト国と日本では表現している。ホワイト国はこれまで27カ国であったが、今回「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」として、7月から半導体材料3品目の輸出管理を強化したが、それに続き、食品や木材以外の1000品目あまりに対し、韓国をホワイト国から初めて除外するとしたものだ。今月28日に改正後の政令は施行される予定だ。今回からホワイト国をグループAとし、韓国やバルト3国をグループB、懸念国である北朝鮮・イラン等はグループDとし、その他をグループCとした。
 ここに至るまで韓国の左派系ムンジェイン政権になってからは、反日政策を強化し、慰安婦問題合意の実質破棄、自衛隊機へのレーダー照射事件、そして元徴用工の大法院判決による日韓請求権協定の実質無効化などその他、日本との合意や協定、軍事的協調を反故にし、日本からの協議要請にも無視し続けてきた。日本政府としては、昨年から続く、こうした状況に業を煮やしたのだろう。互いに不本意ながら、それぞれの合意等を尊重してきたものを政権が代わったからといって、それまでの日韓合意等を無効にする韓国の行為を日本政府が許しがたいと思うのは当然かもしれない。昨年あたりから韓国の日本語版メディアをいろいろ読んでいるが、保守系から中道、左派・進歩系まで基本的にはいずれも反日で、保守系の朝鮮日報あたりは、現在のムンジェイン政権の経済政策の失敗など厳しく糾弾しているが、今回のホワイト国除外については日本に撤回を要求する内容が主だ。韓国としては、つい最近まで日本政府がここまで強硬に出てくることを想定していなかったため、困惑狼狽しているのだろう。
 さて、韓国では日本の一連の対応を非難し、日本製品の不買運動や日本への旅行の取りやめなどによる市民運動も盛り上がりを見せているが、日本国民は白けたままだ。確かにこれまでのムンジェイン政権の対日政策や韓国国内での日帝残滓として親日派の粛清など北朝鮮の如き政策には、おぞましく感じるものがある。日本国民と日本政府は、これまでのすべてを含め、韓国とまともに付き合うことに疲れを覚えたのだろう。しかし、付き合うことが億劫になったからといって、無視あるいは国交断絶に近い関係に陥ることが日本の望むところなのだろうか。ネット上の書き込みでは、「国交断絶」の文字が日韓ともに踊っているが、両国政府までそれを望むのだろうか。アメリカのトランプ大統領が現れてから、世界のいたるところで、自国第一主義が台頭し、利益にならない、意にそぐわない他国を、きたない言葉でののしり、レベルの低い外交で圧力の掛け合いが横行している。理性や知性のかけらもない、策略と感情だけが入り混じったこの世界に終末的な諦観を覚えてしまう。ちょっとした偶発的な出来事がこれまでの鬱積した不満を爆発させ、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性が大きくなっているのではないかと不安を感じる一小市民がいる。世界・地球が温暖化・熱帯化していく中で人類は頭を冷やす必要が急務だ。地球が干上がる前に、人類は互いに滅ぼし合ってしまうかもしれないのだから。
 
この「盗人猛々しい」と訳された韓国語は、「賊反荷杖」という韓国の四字熟語で、
「泥棒がかえって鞭をふるうの意で、本来は屈服すべき者が、かえって居丈高な態度をとる時に使う表現」
ということらしい
「盗人猛々しい」という激しい表現よりも「居直り」ぐらいが適当だという話だ

平成から令和へ
2019/05/01(水)
 昨日4月30日に天皇を退位した明仁上皇は、ついに「生前退位」を成し遂げ、平成の時代に幕を下ろした。そして、今日から令和が始まり、徳仁天皇が誕生した。私の世代では、天皇といえば昭和天皇のことであり、皇太子といえば、明仁殿下であった。そして、昭和天皇の崩御による皇位継承で代替わりし、ようやく慣れてきたところで今回の即位である。新天皇陛下は世代も近いこともあり、親しみはあるが、歌舞伎の中村勘三郎といえば、現在の勘九郎のおじいさんであり、勘九郎といえば先に亡くなった勘三郎のことを思い浮かべるのといっしょだ。いきなり「天皇陛下」とテレビで言われても「浩宮さま」という発想するのが私の世代だ。新元号とともに新天皇陛下にも慣れ親しんでいくしかない。
 この生前退位という「事態」はかなり厄介な問題を孕んでいる。まず、退位して上皇となった先の天皇は、いったい何ができるのか、そして、何をしてはならないのか、何をさせてはならないのか。日本国民の感情としては、象徴天皇を模索し、懸命にハードな公務を全うしてきた上皇及び上皇后陛下にはゆっくりと休んで好きなことを自由にしていただきたい、とは思う。しかし、退位後の行動のひとつひとつが注目され、マスコミ報道やネット社会に追われることは必至である。また、さまざまな団体等から声がかかるはずであり、現にそういう動きがある。また、韓国の文在寅大統領は「退位後も両国関係の発展のために力を尽くしていただけるよう期待する」と書簡を送ったとされる。これは最悪の日韓関係の中で完全に政治利用される状況であり、あってはならないことだ。二重権力構造的な雰囲気を醸し出してはならない。そのひとつひとつについて、ご本人と周囲が慎重に判断することになるだろう。
 そして、新天皇の次の天皇は、いったい誰が継ぐのか、ということだ。もちろん、皇位継承順位から秋篠宮皇嗣、悠仁殿下、常陸宮殿下の順となるが、6歳しか違わない秋篠宮皇嗣が例えば30年後に83歳で天皇を実際に継ぐことなど全く現実的ではない。悠仁殿下が継ぐのが最も現実的であろう。しかし、現行の皇室典範では許されないことだ。現政権は、今回の生前退位は認めたくはなかったが、天皇(現上皇)の意思と国民の支持により、やむなく受け入れた形となった。そして、新天皇も生前退位を選択したいとか、皇嗣が皇位継承を拒否するなどの事態に発展すれば、現行の皇室典範に基づく天皇制は崩壊してしまう。そして、女性天皇や女系の天皇を認める議論を再開するのか、それとも最終的に天皇制を廃止するのか、急を要する状況になっている。20年や30年はあっという間に経過してしまう。
 多くの国民は、皇室という特別の存在を大切に思い、喜びや悲しみをともに受け止めてくれる他にはない極めて稀な存在だと感じている。同じ人間として考えれば、こんな非人道的な檻のない監獄の状態で一生を過ごさねばならない不条理さは耐えがたいものかもしれない。しかし、それを真摯に受け止め、国民のために生きてきた上皇や上皇后を尊敬し、新天皇夫妻や皇室の人々を国民が慕うのはごく自然なことであろう。それ故、長い時間をかけ、現実的な対応を考えていく議論が必要となっている。今回の退位と即位は、あまりにも重い宿題を投げかけたのだった。
 
 

国民栄誉賞
2019/04/05(金)
 マリナーズを、そして、プロ野球人生を引退宣言したイチロー選手に国民栄誉賞を授与しようとした安倍政権は、あっさりと3度目の拒否に遭った。実に、爽快な話である。今回の拒否の理由としては「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」ということだった。つまりは、そんなちっぽけな日本の内閣総理大臣による「栄誉」など生涯クソ喰らえ、ということだろう。イチローはあくまで現役で50歳を目指していた。引退会見でも言っているように「その表現をしてこなかったらここまでできなかったかもなという思いもあります」なのであって、中途半端で恣意的な「これまでご苦労様」的で国家的なご褒美など微塵も欲しくはないのだろう。引退会見前の球場のファンの熱狂的な声援こそが、イチローにとっての何よりの「栄誉」だったにちがいない。それが「後悔などあろうはずがありません」と言わしめた。もちろん、イチローはこの日本の英雄であり、いかなる賞や栄誉を授与してもその功績は余りあるのだろうが、そんなものを甘受しない潔さもまた真のヒーローらしい姿と受け止めたい。国民栄誉賞というものが、いかに時の政権による人気取りにしか過ぎない陳腐なシロモノだということを改めて知らしめてくれた、イチローらしいレジスタンス表現であったのかもしれない。赤恥を掻いた、時の政権の滑稽さを笑ってあげたいものだ。

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