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このところ、筋力トレーニングを兼ねて、地元のちょっとした街並みをコンデジで撮影している。今日はふと思い立ち、自転車の10キロ+ちょっとコースで米海軍厚木基地へ延びる引込み線の跡地を見ていくことにした。この引込み線は、相模鉄道(相鉄線)の相模大塚駅より少し西側地点からそれて厚木基地へ向けて敷設され、燃料などの輸送に使われた米海軍の御用路線である。もっとも、この路線は、現在の厚木基地が旧日本軍の厚木海軍航空隊基地時代に敷設されたものを戦後米軍が利用していたのだ。鉄道マニアの方がいろいろ取り上げているので、詳しいことはWEBで探してください。
今回、私が興味を抱いた理由は、子どものときに貨車が走るのをよく見かけ、道路を斜めにまたいで走っていく懐かしい情景をこの路線の跡地を見ると、思い浮かべることができるからだ。そして、現在は全く使用されていないが、線路や設備、標識などがそのまま朽ちるに任せて残っているさまが何とも、もののあわれを誘うのだ。一時、大和市でここをプロムナードにして地域の活性化を図る計画があったが、立ち消えている。周囲には住宅が密集しており、住民にとっては、この無駄な空間は邪魔ものでしかないだろう。
何かにつけ、米軍基地と我が街を意識しないときはない。あれだけ国民が反対したオスプレイを「安全」だとして、岩国で試験飛行を始め、まもなく普天間に行くことにもなる。民主党や自民党の党首候補者は、オスプレイに対して何も言及しない。この飛行物体が「本当に安全である」ことと「必要性がある」ということは全く別次元の話なのに、昨今の中国に対する強まる脅威を背景に、見せかけの安全性だけを強調して、強引に配備を進めているようだ。ちょっとしたボタンの掛け違いで、事態が大きく悪い方向に向かおうとしている。右傾化が著しい昨今、外交ができる政治家が皆無な現在の日本では、流されるにまかせてしまい、国民にとって最悪の結果をもたらす危険を孕んでいる。
また、我が街に関して言えば、厚木基地に隣接して日本飛行機という米軍機や自衛隊機を修理する会社(「にっぴ」と呼んでいる)があるが、オスプレイの修理が発生する場合は、もしかしたら、この厚木基地にやってくる可能性が十分にある。国防の大義名分の前に、多くの国民が犠牲を強いられる構図は戦争中も現在も大して変っていないのかもしれない。(PowerShot
S100) |
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グーグルの地図で引込み線が明確にわかる
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県道横浜厚木線(厚木街道)を斜めに通る引込み線
もう貨車が通ることもないのに、「踏切注意」の看板が目立つ
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遮断機は当然なく、車は一時停止をする必要もない
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上の「踏切」から相模大塚駅方面を眺める
この朽ち行くさまが哀れげである
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こちらは雑草が少ない
人が日常的に歩くことがあるのだろうか
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線路の左手の「航5 XR」と表示された箱が何だか、マニアでないのでわからない
「航」は航空施設を意味するものだろう
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やはり、人が通っている
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線路を挟んで向かい側に出入りするための「門」になっている
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兵どもが夢の跡、のような草の覆いようだ
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ここは何と、東名高速を跨いでいる場所だ
使われない線路が意味なく空中に浮かぶ
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周囲は住宅地だ
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線路脇の基地にごく近い場所は国有地でゴミひとつなく管理されている
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突き当たりがもう基地の中である
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線路で寝ていた猫が逃げていった
起こされて不機嫌そうだ
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引込み線の現在の終点
フェンスの向こうは別世界である
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グーグルの航空写真ではかつての基地内の引込み線の跡がわかる
画像にマウスを置くと、説明図が出ます |

基地前で断ち切られた線路の断面
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この看板が至るところに掲示されている
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基地の街はこうして隔絶されながらも密接に影響を受けている
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夕暮れが基地にも近づいてきた
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帰り道、泉の森の彼岸花の群生地に寄ってみた
まだ数は少ないが、やっと秋らしい彩りを見せていた
彼岸花 咲いて涼しき 墓参り
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