2014年04月28日

青葉繁れる候

 長く凍てついた冬が過ぎ、桜の華やかさ儚さは瞬時に終わり、萌木色の新芽の若葉もその濃さを増し、初々しさから抜け出でて、青春そのものを謳歌するような「青葉繁れる」季節に至ったようです。連休期間に入ってしまうと、私などは人の繰り出すであろう地域に行ってみようとするのはもってのほか、近場でもなるだけ人のいない場所や時間帯を選んでひっそりと行動するのがよろしい。
 今年のゴールデンウィークはサラリーマンにとっては寸断されたものになり最後の5月3日からの4連休がメインとなるのでしょうね。今日はほとんど利用価値のない谷間の平日、月曜日。いつもの公園には2組ほどのグループが許可された場所でバーベキューをやっていました。桜の時期には何十組ものグループがひしめき合って、バーベキューをやっていたものでしたが。そんな静かな公園を少し歩いてみたのでした。(EOS 5D3)
 
 またもや、ジジの戯け話でも。群馬県の「富岡製糸場」がユネスコの世界文化遺産に登録される見通しになったとの報道がお祝いの意味で飛び交っている。このことに、おやっ、て感じる人は私だけだろうか。
 富岡製糸場は明治5年に政府の肝いりでスタートした世界的にも大規模で本格的な機械式の生糸の製糸工場だった。テレビや新聞では、私などの世代ではすぐに連想する「明治の製糸工場=女工哀史」というイメージのことを全く取り上げていない。「あゝ野麦峠」のような貧農の十代、二十代の娘が岡谷や諏訪の工場へ売られるようにして仕事に就き、過酷な労働の中で心身をこわし、自殺や衰弱死していくものもいた。そうした現実を踏み台にして、「富国強兵」の名の下に近代国家ニッポンを創り上げようとしていた明治という時代の「負の遺産」としての製糸工場がみじんも報道されていない。
 確かに富岡製糸場は明治政府直轄の頃は、元士族の娘などを雇い入れ、労働時間や休日など職場環境はフランス式の管理されたお手本の工場であったようだ。しかし、指導者育成としての役割を終えたこともあるが、生産性が悪く赤字続きだった工場は、まもなく民間に払い下げ、経営を任せていくが、あるブログの記事で知ったのだが、労働環境は悪化していきストライキなど起きていくようになっていたとの話である。労働に対するきちんとした対価や職場環境はこうした過酷な歴史の変遷を経て現代に至り、向上してきたものだ。
 もっとも今現在の労働環境がそれほど誇れるものではないのは、歴史は繰り返すものなのかもしれないが。もし、富岡製糸場が世界文化遺産として、正式に登録され、国内はじめ世界各国からの観光客を寄せ集め、地元経済を潤したいだけなら、負の部分を控えてプラス面だけを強調するピーアールに徹すればいいだろう。しかし、それだけではいつかは化けの皮がはがれ、真実を知った人々はあきれかえり、日本人をこれまで以上に信頼できなくなる要素となるはずだ。
 物事には必ずプラス、マイナス両面がある。それをプラス面だけを大げさにピーアールし、マイナスを含む真実を正面きって表現できないようなシロモノはニセモノであり、残す価値などどこにもない。明治というダイナミックな時代の正負を富岡製糸場とともに他の劣悪な環境の製糸工場をも含め、大きく表現しなければ、世界遺産であることの意味などない。
 少しそれるが、日韓関係が悪化している中で、韓国の旅客船沈没事故に関する日本の報道の中には、韓国に対するある意味の「ヘイトスピーチ」的なニュアンスがどうしても感じられてしまう。日本の原発事故など人災の極致に値するものが、薄められつつあり、対岸の出来事をことさら粗を強調することによって溜飲を下げるような日本人のいやらしさを感じている。まだまだ成熟していないこの日本という国の幼さを富岡製糸場報道も含め、またしても見せられたようだ。


新緑は深緑となり、温かき光を受ける


ムクドリが増えてきている


ムクドリに似たけたたましい怪鳥が若葉の上を飛んでいく

何見ても ケチをつけたし ジジの春