2016年11月09日

高を括る

 「高を括る」という言葉がある。ネットの「語源由来辞典」で調べると、「高(たか)は、生産高、残高など物の数量や金額を見積もった時の合計額のことで、数量の程度を表す。括る(くくる)は、まとめる、物事に区切りをつけることを表す。つまり、この程度(高)だろうとまとめる(括る)ことの意味から、安易に予測したり、大したことはないと侮ることを高を括ると言うようになった。また、この意味が含まれるようになったのは、戦いの際に勝敗の見込みを予測するため、相手の領地の石高を計算したことからともいわれる。」ということらしい。
 本日、アメリカの大統領の本選挙でトランプ氏が勝利したことを、この「高を括る」という言葉ですべてを物語ることができるようだ。良識を持っているであろうアメリカ国民が、クリントン氏ではなく、暴言を吐き、差別を助長し、日本との関係を悪化させるようなトランプ氏を最終的に選択するとは、ほとんど誰しもが思ってもみなかった。多少は勝ち数を与えるかもしれないが、彼を大統領にまでしてしまうほど愚かなアメリカ国民ではないだろう。また、イギリスの国民投票で、EU離脱を選択してしまった後悔から、まさか、アメリカの大統領選挙で同じような結果を招くわけがない、と全世界が思った。高を括ったのである。クリントン氏のような既成勢力への反感、アメリカの本音の言動、強いアメリカへの復帰など政治経験のないトランプ氏だからこそ広い層から期待されたらしい。
 以前にも書いたが、世界の指導者の劣化が加速しつつある。おとなり韓国のパク・クネ大統領も友人による国政介入問題で瀕死状態である。中国の習近平主席も経済政策の失速や権力闘争により影響力を下げているようだ。日本のアベ政権が俄かによく見えてきたりするから世の中不思議なものだ。しかし、ポピュリズムの台頭というのは、必ず戦争を誘い込む原因になる。大衆に受ける言動や政策を今後アメリカが実際に行うとしたら、世界の未来は暗いものへと一気に加速していくだろう。感情ではなく、理性が支配する世界の政治家、リーダーを待ち続けるしかないのか。
 そして、私たちは今ある小さな幸せを長く続くことを願うしかないのか。71年間の平和はまもなく終わってしまうのか。我々を何をなすべきなのか。たった一輪の幸せを守ることができない不安を感じる世の中になってしまったようだ。(EOS 5D3)

ガーベラの一輪挿し
胡椒の小瓶にそっと挿した

何気ない 幸せ思う 花一輪