2019年10月13日

台風19号と未来

 何だろう、この不安感は!? 昨日から今日未明を襲った史上最大級の台風19号は、関東を直撃するも長野県や東北地方にも河川氾濫などの大災害を引き起こした。事前の予測では東京都の江東区・墨田区周辺の海抜ゼロメートル地帯の被害をかなり気にしていた。しかし、フタを開けてみれば、多摩川や千曲川、地方の河川の堤防決壊氾濫であった。これまでにない事態が発生することは覚悟していたが、その「災害発生地域」を見誤った感がある。
 毎年常に「想定外」の自然災害が発生していくうえでは、情報を発信する側も受け止める側も常に検証作業が必要となってくるであろう。テレビでは警戒や避難を呼びかける放送が流れっぱなしになり、だんだんマヒしてきて、「まだ、大したことはない」という錯覚にも陥る。危険がどこにあるのか、わからなくなり、判断停止状態になってしまう。「災害は自分のところではない、他の所でおきている。だから、安心だ」と根拠のない理由を言い聞かせる自分がいる。こんな非科学的な解釈に至って命を奪われる結果に至るのは、やはり、国の政策と国民の気持ちの甘さにあるとしか言えない。災害に強い住宅や施設、それらを守る安全管理システムの構築と徹底が必要だ。しかし、人員不足の中で各個人や地域が最大限の力を発揮できる余裕がない。優れた知恵を結集させる、女性をはじめとする既成概念に囚われない柔軟な発想ができる人材活用も必要であろう。いや、そんなことを超えたまだ見出すべき問題と答えがありそうだ。このもどかしさが不安を煽っていくのだ。
 絶え間なく変化していく地球環境に対応、順応できる生命体のみが生き残る権利があり、地球やその自然を克服し、征服しようなどという発想の人類には、その資格はまだまだないのかもしれない。まして、宇宙などは遠くて高すぎるハードルだろう。しかし、子孫たちがこれまでの人類の反省を生かしていくのなら、全く異なる人類の生きようが未来にあるのかもしれない。人類が絶望を克服し、新たな光明を見出すとき、地球や宇宙も再び無限の価値ある存在となっていくのであろう。(PowerShot G7X2)

一日、日差しがまぶしかった

近所の小規模なスーパー
弁当のコーナーは食材などが届かず、午後もガラガラのままだ

食パンの棚にはは昨日から何もない
まんじゅうや団子が売れ残っている

豆腐と納豆のコーナーもほぼ空っぽだ
そのまま食べられる食品がすべて消えた

空は青いが、心は暗いままの、今日の午後であった

災害が もらたす知恵と 希望かな