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昼過ぎまで大雨が降り続いた。雨で午前中に買い物など外出ができないのは痛手だ。予約してある通院などやむを得ない外出以外では大雨になれば出かけない。徒歩にしろ車にしろ安全第一であり、リスクは避ける。午前中で用事を済まし、午後は散歩や好きなことで時間を費やすのがほぼ日課だ。妻に言わせれば一日中好きなことしかやっていないのだろうが・・・。
午後、日差しも出てきたころになって少し散歩した。途中の家の歩道沿いで紫陽花が咲き進んでいるのを見て、スマホで撮っておいた。紫陽花が日々咲き進み、梅雨の季節に向かっていく。雨が多くなり鬱陶しい季節だが、日本の定番なので順調に季節が巡っているのだからありがたい、と思ってこの時期を過ごしていきたい。(SONY
a7R3,SH-M15)
とっている新聞の連載小説で小川糸の「椿ノ恋文」を毎日読むのを楽しみにしている。今日のくだりで、デジタル技術で半永久的にデータが残せるが「でも、デジタルは一瞬で消えてしまう。」だが、「紙は一見もろそうだけれど、絵だって写真だって手紙だって、ちゃんと保存すれば、大昔のものが残っている。」とあった。確かにそうだとも思う。1400年前の奈良時代以前の木簡や平安時代以降の和紙に墨で書いた文書が今でも残っている。
4630万円を誤送金した山口県阿武町ではまだフロッピーディスクを送金のやり取りに使用していると聞いて驚いた。ネット社会の現代では考えられない方法でデータ処理しているが、紙と墨の時代とほぼ同じ感覚で確実な方法だと認識しているのかもしれない。日本ではファクスが絶滅しないのは、目に見えるものが確かに届かなければ安心できないとか、ネットはハッキングされるから安全ではないとか思っているのだろう。ハンコ行政是正やデジタル庁を創設しなければならないほど、日本はアナログ社会なのだとつくづく思う。ただ文化的なものでどうしてもアナログでしか保存のしようのないものもあるはずで、それ以外の行政事務の簡素化などはさっさとデジタル化すればいいとも思う。また行政事務のデジタルデータも1000年経てば文化財になるものなので、3億年耐えられるとされる石英ガラス記録媒体や次の技術が確立されればまさしく半永久的に保存できるかもしれないが永久という保証はありえない。
個人レベルでは、邪魔にならない範囲、自分がいなくなった後の家族が面倒でない範囲でアナログというか思い出という現物のガラクタを残すのもいいのではないかとも思う。それにしても、不要なものが多いので整理を続けるしかない今日このごろだ。 |
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