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昨日の特に午前中の激しい風や雨に満開の桜もその多くを散らせてしまったようだ。花散らしの雨だった。「花散らし」という言葉は、花を散らせる、ということではなく、元は九州地方の風習で花見の翌日に若い男女が集会して飲食することを言うらしい。そこに男女の何かを感じなくもない。あるいは、花見に行くことを意味し、花を散らしに行く、と風流に表現したものだそうだ。言葉の使い方は変遷するもので、「花散らしの雨」がこれからは定着していきそうだ。風情のないそのままの表現となるが。
そして、翌日の今日は午後に少し時間ができたので、地元の公園に行ってみた。やはり花が散ってしまい、花びらも多くが吹き飛んでしまっているようだった。川の流れに身を任す花筏を見ることもほぼなく、少し寂しい桜嵐の翌日ではあった。桜が終われば次はサツキ、ツツジ、そしてアジサイとなっていく。
季節と時間が飛ぶように過ぎていく今日このごろである。1日がもう3時間くらいあれば昼間の時間をゆっくり過ごせそうなのだが、人生はあまりにも儚さすぎる。自分よりも短い人生で終わった友人たちのことを思えば、贅沢な悩みなのかもしれないが、まだ生きているというのも幸せの一方で悲しみも増えるのが多少なりとも辛いかもしれない。桜の季節に命の儚さ、悲しさを思うのは老いた証拠なのだろう。気を取り戻して明日からまたリセットして次の花を愛でることにしよう。(SONY
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よく晴れた晴れた午後の地元の公園
何とか桜が残っていてくれた
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まだ花を残している枝も多い
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石の回りに桜の花びらが首飾りのように寄せている
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張り出した枝ぶりはいいが、花はかなり散っている
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いまいちだが、ちょっと花吹雪が舞った
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近くの釣り堀の敷地にも桜が咲いている
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桜の木の下にサギがいる
桜とサギとは、インチキくさいが・・・
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まだ若葉のモミジとともに
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シャガがこの時期に一斉に咲き出す
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おまけのカラス
人を間近にして小ばかにしている
花散らし 夢のひととき 来年も
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