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市内のいつもの公園に行った。やや寒さも和らいだ午後のひとときであった。今日はマクロレンズで「冬枯れ」を見つけに行った。落葉し、朽ち果てた森の中に好きなカタチを「探索」するのだ。誰も見向きもしない忘れられた植物たちの今の姿を納めておきたいという、へそ曲がり志向である。見方によっては冬枯れのこの季節でも個性溢れる植物たちの美しいカタチが鮮やかに広がっていることを知っておきたいものだ。(SONY
a7RM3)
政局の話題からは逸れるが、今日で日本からパンダがいなくなるとのことで衆議院選挙公示とともにテレビでは大騒ぎしていた。上野の双子のパンダは返還が決まってから、日本人のパンダ好きが連日集まって悲しがっている様子が報道されている。日本は誠に平和このうえない国であり、日本人はノーテンキな民族だと思う。
北京語を勉強していた私の妻は日中国交回復して9年後の1981年に、日中青年交流事業に応募して、1か月ほど中国天津に滞在した。当時の中国はまだ貧しく人民服姿で壁新聞があり、共産主義の姿が色濃く垣間見られたという。
当時日本人の中国観光は決められたコース以外は出入り禁止のパック旅行のみであった。しかし、妻は留学生として比較的自由な行動が可能であり、たまたま列車の二等車両に乗る機会があった。外国人は中国人とは別の専用車両に乗るしかなかったが、定員の都合で妻ともうひとりの留学生が現地中国人ばかりの二等車両に乗ったのだ。素朴で心優しい現地の人々から日本は戦争に負けて食べるにも苦労していると聞いているが大丈夫か、などといろいろ質問を受けたという。
天津のパンダがいる動物園にも行ったようだが、パンダは土で汚れていて、檻の中から仁王立ちになって観客のバッグを奪い取る様子を見たという。まだ野生のままのパンダだったのかもしれない。その記憶があるから、妻はパンダをもてはやす日本人の気が知れないようなのだ。
本来四川省の山の中で暮らしていたパンダが捕らえられ繁殖させられ、他国との外交手段の道具でもてあそばれ、多くの観客に見られるストレスを抱えて生きていくなど、動物虐待もはなはだしいと考えるのが自然だろう。「パンダがいなくなって淋しい」という日本人の幼稚さに呆れかえるばかりだ。日本人はもっと大人になってほしいものだ。 |
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カエデがすっかり色褪せて積み重なっている
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カエデの種が飛びきれず残っている
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ドングリが無数に敷き詰められて見事だ
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センダングサの種がいいカタチだ
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アザミの仲間だと思われる
枯れてもアザミであろうとするのがいい
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他の落ち葉に混じってカエデの葉がここにも
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アジサイの枯れた葉が西日を受けて色を増す
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多分サルビアの仲間だろう
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自衛隊のP3-C哨戒機が公園をかすめていく
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ここからは生きのよい花でも
ニホンズイセンはまだ元気だ
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早咲きの梅が眩しく咲いている
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ヤツデの葉っぱがなぜか好きだ
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おまけの猫
ここが一番落ち着くにゃあ
冬枯れて 美しきかな 落ちし葉よ
パンダ去り 幼き日本 笑われて
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